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東京高等裁判所 平成9年(ネ)2322号 判決 1998年6月24日

控訴人(原告)

共栄火災海上保険相互会社

被控訴人

伊藤英次

ほか二名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して、二五一一万二〇六六円及びこれに対する平成一〇年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、三分の二を被控訴人らの負担とし、三分の一を控訴人の負担とする。

三  この判決の第一項の1は仮に執行することができる。

事実及び理由

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人に対し、連帯して、三三九〇万一二九〇円及びこれに対する平成一〇年三月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決(原判決の請求欄に記載のものを超える部分は、当審の請求拡張分。附帯請求につき当審において減縮があった。)並びに仮執行宣言を求め、被控訴人らは、控訴棄却及び当審請求拡張部分の請求棄却の判決を決めた。

二  事案の概要は、次に改めるほか原判決の事実及び理由中の第二に示されているとおりである。

1  原判決三枚目表七行目の「九七七五円」の次に「(関連事件判決の主文は「九七七六円」となっているが、その理由の説示及び別紙損害計算書の記載に照らすと、「九七七五円」の誤記と考えられる。)」を加える。

2  三枚目表一二行目の「控訴した」を「控訴し、望月両名もアート梱包運輸株式会社と竹田を被控訴人として控訴し」に、同裏一行目の「号」の次に「及び第二九九八号」を加える。

3  三枚目裏八行目から一二行目までを次のとおり改める。

「控訴人は、加害者の自賠責保険引受会社として望月孝枝及び望月寿幸に対し合計六〇〇〇万四三〇〇円を、また、加害者の任意保険引受会社として右両名に合計三〇〇〇万円を損害賠償の一部として支払った。その他右両名が支払を受けたものに治療費二九万一七五五円及びアート梱包運輸株式会社からの支払分五〇〇万円がある。

関連事件の控訴審において、平成一〇年二月二四日和解が成立し、竹田及びアート梱包運輸株式会社は望月孝枝及び望月寿幸それぞれに対し、右既払分のほかに一一五〇万円の支払義務のあることが確認され、その支払が約定された。控訴人は加害者の任意保険引受会社として、平成一〇年三月一〇日、右額を右望月両名に支払った。控訴人は、関連事件判決で認定された望月国宗及び望月仁恵の葬儀費用(各一二〇万円)、逸失利益(国宗につき三二七三万九六四二円、仁恵につき二八四二万四二〇八円)、望月孝枝及び望月寿幸の慰謝料(各二八〇〇万円)の各損害額を基準にし、弁済までの遅延損害金も考慮に入れた上で和解に応じた。

控訴人が望月孝枝及び望月寿幸に支払った合計額は一億一三〇〇万四三〇〇円であるが、以下の事実関係によれば、被控訴人伊藤及び同長澤とアート梱包運輸株式会社(竹田運転)との間の共同不法行為者としての負担割合は、加害車(アート梱包運輸株式会社保有)側が七で、被害車側(右被控訴人伊藤運転、同長澤保有)側が三とするのが相当である。被控訴人らは、右額の三割である三三九〇万一二九〇円を控訴人に償還する義務がある。」

三  当裁判所は、本訴請求を一部認容すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1  本件交通事故の態様は、原判決五枚目表一〇行目以下の「一1」に示されているとおりである。

2  前記引用した原判決の事案の概要記載の事実関係等によれば、本件事故当時、被控訴人伊藤(被害車の運転者)は、午前五時前の未明の小雨が降る中、左車輪がようやく左側線を超える程度で、走行車線上をエンストした被害車を自らも加わって押しがけ作業をしていたというのである。

道路交通法五二条によれば、車両は夜間道路上にあるときは政令の定めるところにより、尾灯その他の灯火をつけなければならない。この定めを受けて、同法施行令一八条二項は、夜間、幅員五・五メートル以上の道路に駐停車する場合は、駐車灯をつけているとき、明るく照明されているとき、又は夜間用停止表示器材若しくは警告反射板を後方から進行している運転者に見やすい場所に置いているときを除き、非常点滅表示灯又は尾灯をつけなければならないと定めている。また、保安基準で定める尾灯、制動灯等の灯火装置のほか、反射器を備える自動車でなければ運行の用に供してはならない。(道路運送車両法四一条一三号)。右後部反射器は、夜間一五〇メートルの距離から前照灯による照射をした場合にその反射光を確認できるものでなければならないし(道路運送車両の保安基準三八条一項三号)、その取付位置は地上一・五メートル以下〇・二五メートル以上、車の最外側から四〇センチメートル以内でなければならない(同項五号、七号)。また、運転者は、右道路運送車両法の定めに適合しない車両を運転してはならない(道路交通法六二条)。

本件事故現場は車道の幅員九・五メートルの幹線国道であり、制限時速五〇キロメートルであったから後続車両が追突する危険性が十分にあったのに、右灯火に関する道路交通法の定める規制を守っていなかった。そして、右作業の形態からすれば、後部反射器も覆い隠されていたことは容易に推認され、右作業の危険性は極めて高かったといわなければならない。被控訴人伊藤が右のような状況のまま被害車を押しがけさせたことが、加害車の運転者竹田に前方の被害車の発見を遅らせた原因の一つになったことは明らかである(もちろん、加害者が十分に注意を払えば事故回避の可能性があったことも確かであるが、これは過失の競合の問題であり、被控訴人伊藤の過失の存在を否定する理由とならないことはいうまでもない。)。なお、前示事実によれば、事故時に運転席に座っていたのは望月竜広であり、被控訴人伊藤は望月国宗及び望月仁恵らと共に押しがけ作業に当たっていたものであるが、望月竜広は臨時的に運転席に座っていたにすぎず、被控訴人伊藤が被害車の運転について責任を持つ運転者であると解される。

被控訴人伊藤は、加害車の運転者と共に本件交通事故についての過失があり、これより死亡した望月国宗及び望月仁恵の損害を賠償する義務がある。被控訴人長澤は被害車の保有者として自賠法三条の損害賠償義務がある。

3  甲第一ないし第三号証によれば、控訴人が加害車の自賠責保険及び任意保険の保険会社として、望月孝枝及び望月寿幸に支払った合計額は一億一三〇〇万四三〇〇円であることが認められる。この額が同人らの損害として認められる限りにおいて、控訴人は被控訴人伊藤及び長澤に対し、共同不法行為者の負担割合に応じた求償権を代位して取得したものというべきである。

弁論の全趣旨によれば、被控訴人安田火災海上保険株式会社が被害車の自賠責保険の保険会社であることが認められ、控訴人は同被控訴人に対し、望月孝枝及び望月寿幸が有する自賠法一六条の直接請求権を取得したことになる。

4  本件交通事故による望月らの損害は、次のとおりである。

(1)  望月国宗及び望月仁恵の治療費 二九万一七五五円(甲四)。

(2)  望月国宗及び望月仁恵の葬儀費用

乙号証として提出された関連事件記録に表れた一切の事情を考慮すると、それぞれ一二〇万円をもって本件交通事故と相当因果関係のある両名の葬儀費用と認める。

(3)  望月国宗の逸失利益

同人は昭和二〇年五月一四日生まれの男性で、事故当時満四六歳。今後二一年間稼動可能であり、当時パブスナックを経営し、昭和六三年度の取得は、望月仁恵の専従者給与を加え(望月仁恵の収入としては後記のとおり家事労働分のみを評価)、三六四万七九九三円であった(乙第二六、第三一号証、弁論の全趣旨)。生活費控除を三〇パーセントとして逸失利益を計算すると、三二七三万九六四二円となる。望月国宗の平成二年の所得は明らかでないが、産業計・企業規模計・学歴計の四五~四九歳の男子労働者の平均年間給与額が六八五万円余であることを考慮すると、右の所得額によって算定することが相当である。

3,647,993×(1-0.3)×12.821=32,739,642

(4) 望月仁恵の逸失利益

同人は昭和三二年一月一五日生まれの女性で、事故当時満三四歳(甲一)。今後三三年間稼動可能で、夫望月国宗の経営するパブスナックを手伝いながら、望月孝枝及び望月寿幸を養育し、家事労働にも従事していた。そこで、平成五年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者学歴計・全年齢平均の年収額二九六万〇三〇〇円を基礎に、生活費控除を四〇パーセントとして逸失利益を計算すると、二八四二万四二〇八円となる。

2,960,300×(1-0.4)×16.003=28,424,208

(5) 望月孝枝及び望月寿幸の慰謝料

事故当時、望月孝枝は満九歳、望月寿幸は満六歳であり、両親を一挙に失った悲しみを考慮し、各自につき慰謝料を二八〇〇万円と認めるのが相当である(アート梱包運輸株式会社から五〇〇万円が支払われていること(甲一、弁論の全趣旨)も斟酌した。)。

(6) 以上合計 一億一九八五万五六〇五円

5  前記交通事故の態様によれば、竹田には前方不注視及び制限時速を超える速度での走行の過失があった。さらに、被害者である望月国宗及び望月仁恵も自ら押しがけ作業に従事していたのであるから、その際に被害車の停止表示をしたり、尾灯を覆い隠さないようにすべき注意義務があったのにこれを怠った過失がある。ただし、被控訴人伊藤との比較でいえば、自動車の運転者として道路交通法及び道路運送車両法の規制を遵守すべき立場にあった同被控訴人の責任の方がはるかに重大である。本訴求償請求で認容すべき額の算定に当たってはこの点も斟酌すべきである。

これらの事情を総合してみると、本件交通事故における被控訴人伊藤の過失割合を二割、右望月両名の過失割合を一割、竹田の過失割合を七割と認めるのが相当であり、控訴人が被控訴人らに求償できるのは、本件交通事故の損害金の二割の限度においてである(控訴人が右望月両名の過失割合部分も含めて賠償しているとしても、この部分は被控訴人らに求償できない。)。

6  甲第二、第三号証、乙第五号証によれば、控訴人が平成四年一二月三日望月孝枝及び望月寿幸に対し合計六〇〇〇万四三〇〇円を、平成八年二月一九日右両名に合計三〇〇〇万円を、平成一〇年三月一〇日右両名に合計二三〇〇万円、以上総計一億一三〇〇万四三〇〇円を保険会社として支払ったことが認められる。

控訴人が望月孝枝及び望月寿幸に支払うべきであった額の算定根拠は、次のとおりである。

<1>  損害額一億一九八五万五六〇五円から望月国宗及び望月仁恵の過失割合分を控除した一億〇七八七万〇〇四四円。

<2>  <1>から当初の既払額二九万一七五五円(治療費。なおアート梱包運輸株式会社からの支払分五〇〇万円は前示のとおり慰謝料算定の斟酌事由としており、また香典の意味もあるものと認められるので、ここでの控除の対象とはしない。)を控除した一億〇七五七万八二八九円に対する事故日から自賠責保険金六〇〇〇万四三〇〇円が支払われた平成四年一二月三日(乙第五号証)までの間(一・三年として計算)の年五分の割合による遅延損害金六九九万二五八八円。

<3>  右支払金を控除した四七五七万三九八九円に対する平成四年一二月四日から任意保険金が支払われた平成八年二月一九日(甲第二号証)までの間(控え目の三・二年として計算)の年五分の割合による遅延損害金七六一万一八三八円。

<4>  右支払金を控除した一七五七万三九八九円に対する平成八年二月二〇日から和解による支払日平成一〇年三月一〇日までの間(控え目の二年として計算)の年五分の割合による遅延損害金一七五万七三九八円。

<1>ないし<4>の合計額は一億二四二三万一八六八円。控訴人が支払った一億一三〇〇万四三〇〇円は、望月側の過失割合分を控除した損害額の賠償として支払うべきであった額の範囲内である。

7  控訴人は一億一三〇〇万四三〇〇円のうち、竹田の過失割合七と被控訴人伊藤の過失割合二の合計九を分母とし、そのうちの二の割合の額である二五一一万二〇六六円について被控訴人らに求償することができ、また、これに対する控訴人が望月孝枝及び望月寿幸に対して最後の支払をした日の翌日からの法定利息の支払も合わせて求めることができる。

四  よって、主文第一項のとおり原判決を変更する。

(裁判官 稲葉威雄 鈴木敏之 塩月秀平)

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